それっぽく出来るようになってしまうって、
かなり危険だと思うんです。
「それっぽくなる」と
「それになる」とでは、
全く異なります。
当たり前のようですけど、
これを本当に実践出来ているかとなりますと、
意外に怪しかったりするものなんですよね。
「それっぽく」と言いますのは、
とりあえずは出来ている状態で、
「それになる」となりますと、
「なる」までは出来ていない状態が続くんですよね。
私が昔々、パントマイムの「壁」を練習したての頃、
ブレイクダンスをしている人が、
効果的なやり方を教えてくれたんですね。
(初期のブレイクダンスには、この手のムーブメントがあったんです)
確かにそれっぽかったんですけど、
私はその方法は全く取らなかったんです。
端的に言えば、「ウソ」だから。
パントマイムの「壁」なんて、
元々、ウソなんですけどね(笑)
※ウソだからこそ、真実である必要があるわけです。
また、やはり昔々、こんなことも。
ある人が、「こいつパントマイム結構上手なんだよ」と、
私の前で、その人にパントマイムをやらせるようなことあったんですね。
それっぽいんです。
もちろん、どう反応して良いのか、困ってしまいました。。。
また別の例。
今度はブレイクダンスのくるくる回る方のこと。
パワームーブとも言われる、アクロバティックな動きですけど、
理に適った動きではなく、
筋力で無理やり、小さく縮こまった動きながらも、
出来てしまう人がいたりするんですね。
これも、昔々ですから、とにかく出来ること自体が凄いわけですけど・・・
私も、当時、色々と一刻も早く出来るようになりたかったのですけど、
それっぽくなるのは避けたかったわけです。
で、まぁ、ずっと出来ないまま、下手なままで・・・
もちろん、それぞれの人生で、それぞれの楽しみ方ですから、
それっぽいだけでもいいのですけど、
もし、「それになる」ことを目指しているのだとしたら、
それっぽくなることを避けた方が良いと思うんです。
そこで、終わってしまいますから。
もちろん、「それになる」過程でのそれっぽくは、
ここでいうそれっぽくではないので、
いいんです。
ここでいう、それっぽいとは
素直ではない動き、流れを無視した動きで、
一見上手そうに見えてしまうものですね。
ですから、それっぽいものは、いくらかは人の目を欺けます。
けれど、
自分自身を欺くことは出来ないのではないか?
と思うんです。
自分自身を欺いて、表面的に出来ているようにしてしまうのは、
一体、何のためなのか?
ただし、それっぽいことを自覚して、
むしろそれを活かすことは十分に可能で、
それは、欺きではありません。
単に、別のお話。
少なくとも、アートマイム/オーガニックマイムは、
それっぽくなるためのメリットがないでしょうから、
「それになる」ことを続けやすいことは確かです。
最後に。
分野関係なく、それっぽいことを教えているところに行ってしまったとしても、
初心者ではなかなか分からなかったりします。
むしろ、それっぽい方が、分かりやすく、
教えてくれる人も、大抵、クセのない良い人だったりするので、
とっつきやすいかもしれません。
けれど、学ぶ中で違和感を覚えたら、
その違和感を大事にしたいものです。
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