長いこと一所懸命に取り組んでいるにもかかわらず、思ったほどの成果が出ない。
このことの大きな原因は、
「見えていない」
「聞こえていない」
さらに言うならば
「人の話を聞いていない」
もっと言うならば
「自分の世界で閉じている」
です。
と、厳しい言い方になりましたけれど、これはまずは仕方ないことだと思うんです。
人は誰しも、変化に不安を感じるものです。
自分の世界から出るのは、簡単なことではありません。
だから思うんです。
無理に(自分の世界から)出る必要はないと。
そんなこともあって、私は自分のレッスンを安易に人に勧めたりはしないんです。
今のその人の世界に何かプラスアルファになるものではなく、世界を変える必要があるからです。
まぁ、それはそれとしまして、冒頭の「成果が出ない」人に必要なのは、
まずは何よりも
「本当に、それをやりたいと思っているの?」
という疑問を自分自身に投げかけることです。
で、やりたい!と思っているという人に向けて、お話を進めていきますね。
結論を先に言ってしまいますと、
「未知の感覚を誘発させる身体の使い方をする」ことに取り組めるかどうか?
です。
なぜ思ったほど成果が出ないのか?の原因に挙げました「見えていない」「聞こえていない」ですけれど、
歌の上達の話で、「聞こえていない音は発声できない」ので、「まず聞き取れるように」というのがあるんですね。
ところが、外国語の習得では、「発音できない音は聞き取れない」ということがあるんです。
え?聞けるようになるのが先なの? それとも発声・発音出来るようになるのが先なの?
どうする!?って感じですよね。
私は、「聞こえないものは基本、聞こえない」と言う考えなものですから、
「それに近い音が出てしまう発声方法・身体の使い方に取り組む」のが良策と思うのです。
身体の使い方によって勝手に出てくる「未知」の音に出会うためですね。
そうすると、聞き取り力がアップします。
これ、私自身がそうだったんですけど、歌に関しまして自分の発声力と言いますか、発声の繊細度が高まってきましたら、同じ歌を聞いていましても、明らかに今までよりも音の微妙な変化が聞こえてくるようになったんですよね。
歌の上達で「聞こえていない音は発声できない」とはいえ、そのものズバリの音でなくても、それに近い音を出せるようになることで、聞こえてくるということで、そうしますとそのものズバリの音を出せるチャンスが出てくるというわけです。
これは動作でも同じこと。
「見えていない動きは、取り込めない。」
「自分にない身体感覚の動きは、見えない。」
「取り込むためには、見えるようになる必要がある。」
わけですけれど、それに近い動きを、いえ、正確に言えば「感覚」、それに近い感覚を、身体の使い方から誘発させるのが良策ということになるのです。
そもそも、なかなか動きが良くならない人は、お手本の動きが見えていないんですね。
見えていないことに気がつけない、とも言えます。
(それこそが見えていないということではあります。)
2著作目の『動きの天才になる』で「見て盗めたら苦労しない」とお話をしましたけれど、そんなに高いレベルのことではなく、ほとんどの人が当たり前に気がつくようなものでも、気がつけないくらいに見えていない人は、やはりいます。
で、ここが非常に重要なことで、冒頭の「自分の世界で閉じている」に通じるのですが、新しい身体感覚に出会うためのエクササイズや意識の仕方の指導を受ける際に、当然簡単ではないわけですけれど、それを容易に自分の出来るやり方に変換して、それらしく装ってしまうことがあるんです。
こうなりますと、未知の感覚に出会うことは叶わず、元の自分の感覚のままになってしまいます。
発声方法でお話をしますと分かりやすいと思うのですが、口の開け方や舌の位置などを変えて、どんな声・音になるか分からない状態でとにかく出してみることで、未知の音に出会えるんですね。
これを、いつもの自分と違うやり方になるから、難しくて出来ない。で、いつもの自分のやり方に寄せてしまうのが、「自分の世界で閉じている」ということであり、結局「人の話を聞いていない」ことになるわけです。
もちろん、何から何まで言われた通りの方法で出来るものでもありません。
けれど、トライは出来るはずです。トライを諦めてしまえば、これまでの自分の出来ることしか出来ないという状態が続いてしまいます。
「型」にはまる・はまらないという「型」も、実のところ、(その世界で必要な要となる)未知の身体感覚を誘発させるためのものなんです。
自分のこれまでの感覚のままで、見た目だけの型を練習するのでは、全く意味がないんです。
こういった型を嫌い、個性、自由といった世界にだけ目を向けていますと、結局のところ「自分の枠」から出ることが出来ず、実は自由でもなんでもない狭い世界にとどまってしまったりします。
「未知の感覚を誘発させる身体の使い方をする」ことに取り組めるかどうか?
これには、「出来ない自分と向き合う」ことが付いてまわります。
ですから、「本当に、それをやりたいと思っているの?」という疑問を自分自身に投げかけることが必要になるわけですけれど、「未知の感覚を誘発させる身体の使い方をする」ことで、見えていなかったものが見えるようになってきます。
間違いなく。
事実、私のクラスに通っていますと、多くの人がダンスでも絵画でも、見えるものが変わってきてしまい、これまで良いと思っていたものが、あれ?となってしまうことがよく起こります。
(もちろん、その上で、それの良さがどこにあるかを理解することも可能です。)
さて、長いこと一所懸命に取り組んでいて、けれどなかなか成果が現れない方は、取り組み方を見直して、今回のお話のような考え方で臨まれてはいかがでしょうか?
見えるようになるためにも、未知の感覚を誘発させる身体の使い方に取り組む!

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