”心のままに動く”
なんだか心地よい言葉ですね。
けれど、
身体がその心を感じ取ることができていなければ、不可能
だと思いませんか?
きつい言い方になりますし、自分自身への戒めも込めて言いますと、
”心のままに”なんて言うのは、
身体の訓練を怠けたいことへの言い訳だと思うんですよ。
ただ、ここでいう身体の訓練といいますのは、何も筋トレやストレッチではありませんし、テクニックを身につけるといったようなことでもありません。
身体の訓練というものを、数値で計れることや、目で見て分ることと考えていたのでは、永遠に身体は訓練されないのえではないかな?と思っています。
もちろん、そういったものをありがたり、賞賛する人が多いですから、その道に進むこともそれはそれで、その人の選択だと思いますし、そうであればその選択は尊重されるべきだと思います。
けれど、”心のままに動く”ということとは離れていくことになるのではないでしょうか。
身体の訓練とは、
いかに感じるか?
です。
身体の中も外(空間)も全てを感じる
ことです。
何も筋トレやストレッチやテクニックを身につけるなどのような、頑張れば出来るといったようなものではありませんよね?頑張る方向が違います。
非常に内省的な作業ですね。禅や瞑想のようかもしれません。
”心のままに動く”ということは、
心が身体になるということであり、身体が心になるということ。
本人が自由だと思って発散することではありません。
それは、身体の束縛から抜け出したいという叫びでしかありません。
以前、映像でしたけれど舞踏家の大野一雄さんが足首くらいまで水(海?)につかって踊っているシーンを見たことがあるのですが、それはとても自由そうでした。本当に美しかった。
体を人前にさらし、動くことで表現をしているのであれば、”心のままに動く”を目指してもいいのではないかと思います。
私も少しずつでも近づければと思っています。
マイムから心と身体の平和を
オーガニックな(生きた)カラダに http://jidai.mond.jp/