オーガニックマイムJIDAI の「身体」「表現」考

オーガニックな身体の使い方、表現についてのいろいろ。時々、甘いもの。

檻での生活~新作から

先日、『さくっとパントマイム2008』にて、15分ほどの新作ソロマイム作品を発表してまいりました。
今回は1人5役になりましたぁ。

タイトルは 『檻』 です。

この日のレクチャーで「牢屋」のマイムテクニックを取り上げまして、せっかくですから、そのテクニックを使った作品を作ろうと思いまして、
ただ、まぁ「牢屋」にはならず、『檻』になった次第なんです。

ちょっと間抜けな感じ・・・

そうそう、この「牢屋」レクチャーの模様は、『さくっとパントマイム2008』のサイトで、ご覧いただけますので、どうぞ楽しんで下さいね。
(アップしましたら、改めてお知らせしますね。)

で、作品の方ですけど、今回のものは、ひと言でいいますと、カメラワーク・マイムでしょうか?
(こんな言葉はおそらく無いと思いますけど・・・)

カメラはあるひとりの男性の状況を映し出しています。
(もちろん、ほんとの映像ではありませんよ。)

彼は広い檻の中に、何故かひとり閉じ込められていまして、その状況を把握できずに、
少々のパニック状態。
どうも、荒涼とした大地に、こつ然と現れた檻のようです。

そんな中、檻の外にひとりの女性を見つけますが、彼女は取り合ってくれません。。。残念。

その後、カメラは手前に引かれまして、女性の様子を映し出すことになるんですけど、
檻の外にいたと思われたこの女性も、実は、先ほどの男性の檻と隣り合った(手前に位置する)檻に、
やはり、ひとり閉じ込められているのですね。

と、こんな感じで、女性の檻の手前には、別の荒っぽい男性がやはり檻の中にいまして、
さらに、その手前には老人のいる檻がと、隣り合った(縦並びですけど)いくつもの広い檻に、
それぞれ1人ずつ閉じ込められているというシチュエーションで、どんどんカメラが引いていきながら、
それぞれの様子や、隣人同士のやり取りを映し出していくんです。


もちろん、これらは全て何の説明も舞台装置なく、マイムだけで表していくんです。
それも、かなりの狭~い舞台で・・・

その後、カメラは再び最初の男性を映し出したり、順番に戻っていったりなど、
カメラワークで映像が切り替わるように、それぞれの状況が映し出されていきます。

ラストは、最初の男性の手前ではなく、その後方の檻の人物の様子が映し出されて、お終い。

約15分。
音楽はクラブミュージックのようなダンス的なもので、
特殊映像を見ているような印象が強い作品です。

ここで、ストーリーのお話の前に、このカメラワーク・マイムの感想を紹介させていただきますね。
(わざわざメールで送ってきて下さいました。ありがとうございます!)

「最初の一瞬の姿からしてもう目がはなせない…周りをつつむ空気まで味方につけている感じ…。
スタイリッシュな映画を観てるみたいで目がはなせませんでした。

となりの牢のキャラに変わるときの、隙間からにゅうっとすいだされる様な感じ、生身の人間があんな表現をできるなんて…。
びっくりです。
ちょっときもちわるいくらいの感動があります。」

さて、ストーリーはといいますと、最初のパニック状態であった男性以外は、みんなそれぞれの檻の中で、ごく当たり前に生活をしています。といいましても、ただ地面があるだけのところのようですが・・・

で、食料は手前の人から渡される。手前の人からもらうほかないようなんですね。自らは作っていない。何もなく、作れないのでしょう。

ですから、その手前の人も、もちろん、さらにその手前の人から分けてもらうわけで、どこまでの手前に遡れば、一番のおおもとがいるのかは示されません。

パニックに陥っていた最初の男性もやがて、ごく当たり前にそこでの(ひとり檻に閉じ込められた状態での)生活を受け入れ、新しい住人(?)である、後方の檻の中に、食料を差し入れるようになります。

新しい住人はまだパニック状態みたいですけど・・・

お互い、食料だけは分け合いますが、それ以外では全く感心を持っていないようです。

この作品での人物の置かれた状況は、一見、特殊なようですけれど、現実の私たちの置かれた状況と、さして変わらないという想いで、作りました。

次回は、9月にまた10分ほどの作品を発表します。まだ、これから作るんですけど、どんな作品になりますか・・・