単に表現するのではなく、空間を変えるほどの表現というものができたら、いいと思いませんか?
単なる表現の場合、それは観ている人にとりましては、理解ができるという範囲で留まってしまうんです。
それに対しまして、空間を変えるといいますのは、つまり観ている人を飲み込むということ。
観ている人からしますと、演者の心に飲み込まれるということですね。
これは何もマイムに限らず、ダンスでもお芝居でも同じですけど、
空間を変えるほどの表現のためには何が必要か?
心を表現しようとしてはいけません。
・・・えっ!?
心が大事なのではないの?
と思われますよね?
実はここに落とし穴があるんだと思うんです。
きのうの『真呼吸クラス』の参加者はみんな、そのことを実感してくれたんですけど、何が必要か?
の答えとしまして、簡単なひと言でいいますと、
「自分がその心に飲み込まれる」
ことなんです。
これは、自分を見失うとか、我(われ)を忘れるとかいうことではありませんで、
自分が心に飲み込まれていることを認識できている状態なんですね。
とまぁ、なんだか難しそうですね。
『真呼吸クラス』以外では、ちょっと味わえない感覚かもしれません。
と言いますのは、この状態になるには、
まるで眠っているようなリラックスした体でありながら、はっきりと覚醒した意識が必要でありまして、
そのためには、ある程度の時間をかけて体を作っていかなければならないからなんです。
けれど、そんなに難しいことはなく、1回のレッスンでも十分可能ですし、何回かのレッスンでほぼ誰でも体感できるものなんですよ。
で、「心に飲み込まれた」状態を体感するということは、この上なく気持ちのいいことでありまして、
意識も体も異次元に行ったような感じなんですよね。
日常からの脱却です。
この感覚を舞台上で再現できますと、観ている人はその感覚に飲み込まれてしまうのだと思うんです。
もちろんクラスで一度体感出来たからといって、すぐに人前で出来るわけではありませんけど、
この感覚を知っているのと知らないのとでは、途方も無く大きな差が生まれてしまいます。
富士山が一番高い山だと思っている人と、エベレストが一番高い山だと思っている人とでは、
到達できる高さが違いますでしょ?
しかも、エベレストに一度でも自分で登ってしまえた(心に飲み込まれた)という体験があるわけですから、
またエベレストの頂きを目指せますものね。
しかも違ったルート(違う心の状態を探る)でもいいわけですし。
富士山の頂きまですら登ったことがなく、そこを目指す(心を表現しようとするのは、この感覚のような気がします)より、
ずっと楽しいと思うんです。
エベレストに独りで登るのは難しいですけど、仲間がいると登りやすいですし、
ぜひ多くの人にこの異次元感覚、エベレスト山頂からの景色を味わっていただきたいなぁ、と思ってます。