パントマイムは大道芸としても成り立つ「芸」的な面白さはありますけれど、それだけではないんです。
特にポーリッシュマイムはまるっきり舞台芸術としてのマイム。
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ただ、私JIDAIの場合は、意識的にというわけでもありませんけれど、日本舞踊や武術などの身体性や精神性というものが入り込んできていますし、作品としてのマイムをいろいろと模索しているものですから、作品スタイルとしましてはまた違ってきていますね。
でまぁ、スタイルは別としましても、JIDAIマイムの根幹を成すポーリッシュマイムは内なる動きをとても重視していまして、それはつまり、
動きに動機があるかどうか?
動きに命があるかどうか?
ということだと思うんです。
2、3年前に紹介したかもしれませんけれど、私のクラス生のある女性がヨーロッパでは有名らしい舞踏家のワークショップ(確か屋久島かどこかで1年に1回くらい行われるのかな?)に参加した際、
「君は何かやっている?」
「はい、ポーリッシュマイムを。」
「ああ、ポーリッシュマイム・・・それで、内側から動けるんだね。」
ということがあったんです。
それともうひとつ。
発声法ではこれまた「礒貝メソッド」で有名らしい人のレッスンの際にも、彼女だけがその先生の意図するところを掴んで動いていたのでしょう。
「君はダンスか何かやっている?」
「いえ、パントマイムを。」
「・・・・。」
他にダンサーは何人もいたにもかかわらず、彼女にだけ尋ねてきたそうなんです。
ただその答えが、パントマイムであったために、その「礒貝メソッド」の先生は納得がいかず、絶句。。。
ポーリッシュマイムを知っていた舞踏家と、いわゆるパントマイムのイメージしかない「礒貝メソッド」の先生、その反応の違いは面白いですね。
ポーリッシュマイムに求められますことは
自分の身体と向き合うこと
自分の心と向き合うこと
自分の精神と向き合うこと
今回のポーランドでのワークショップ並びに作品上演は
『パントマイムが言葉を超えた身体表現の真髄であることを立証するためのプロジェクト』
と位置づけられているんです。
日本では考えづらいですよね。
私JIDAIは講師として招かれてはいるものの、ステファン氏をはじめ他の講師の方々からいろいろと学んできたいと思っています。
そして、マイムのこういった側面を、多少なりとも実践・指導、あるいはこの場で伝えていくことで、少しでも多くの人がパントマイムをより多面的に楽しんでいただければなと思うんです。