オーガニックマイムJIDAI の「身体」「表現」考

オーガニックな身体の使い方、表現についてのいろいろ。時々、甘いもの。

矛盾が同時に成立するからこそ

メビウスの輪・・・このように動くことが、自然であるように思います。


表かと思えばいつの間にやら裏になっており、行きも帰りも無い。


呼吸も同じように、吸っているうちに吐き始めがあり、吐いている最中に吸い始めている。


何だか一見矛盾するものが、そのまま同時に成立している。


厳密に見ようとすると、目くらましにあったように思考が吹き飛ぶ。



もしかしたら、この宇宙もメビウスの輪のようなのかも?と思ったりしました。


今生きている現実と死後の世界といわれるあの世と、どこにも境目は無く、
この世と思っているうちに、いつの間にやらあの世で生きており、
あの世であると思っていたのに、この世だった・・・みたいな感じ。


宇宙空間も今は膨張しているとのことですけれど、
それは内部からくるりんと裏返しになる途中なのかもしれない。


地球上でも裏返しの生物が同時に存在していますでしょ?
人間を内部から裏返すと植物のようだっていいますものね。


裏も表もなく・・・
いえ、裏も表も同時成立するのが宇宙のあり方なのかもしれません。


人間の内部も内部といえど、それは内側の外部であるように
(口から肛門まで筒状に空洞になっていますものね)、
宇宙空間も裏と表、内部と外部が同時に成立していて、常に裏返しをつづけているのかも。



私のモノの見方通りに世界は存在するのに、世界は私の外にあるように存在していたり、


心の問題を考えていくと身体の問題を抜きには考えられなくなり、


身体の問題を考えていくと心の問題を抜きには考えられなくなり、


どこにも境界線はなく、ただただ裏返っていく。



そうそう、スポーツの世界でいう「タメ」も、この裏と表が同時に成立するポイントであって、
「トメ」とは全く異なるものですよね。




さて、マイムは虚構の世界を自ら作り、体感していくわけで、
何も無いところに自分で全てを生み出していくにもかかわらず、
まるで外部の世界であるように感じていきます。


過去も未来もなく、
ただただその瞬間毎に世界を生み出し、
その瞬間毎に自分の感情も、手触りも何もかもを感じ取っていく。


誤解を恐れずにいえば、それは神の行為。


マイムは虚構なのでしょうか?


虚構という名の真実を感じざるを得ません。




世界は自分の中にあって、同時に外にある。


だから、自分を見失わずに、他人に共感出来るのかもしれません。


自分と他人との境界線って、どこにあるんでしょうね?



メビウスの輪・・・面白いわ。



マイムから心と身体の平和を  http://www.geocities.jp/mime_jidai/

オーガニックな(生きた)カラダに  http://jidai.mond.jp/