オーガニックマイムJIDAI の「身体」「表現」考

オーガニックな身体の使い方、表現についてのいろいろ。時々、甘いもの。

内面重視での演技・・・身体はどこに? 3

内面重視の演技を追求するあまり、身体が置き去りになってしまったというお話のつづきです。
(前回、前々回をまずご覧下さいね。)


そもそも不自然である「演技」というものを自然に見せるために、
舞台上で毎回新鮮な反応をすることが必要で、それにはどうしたらいいか?ですけれど、
これも、キャラクターのときと同じように、身体的に内面を作る。
つまり、
身体をそれに必要な状態にするんです。


例えば、何かを見るとか、驚くとか、何でもいいんですけど、
その身体の状態というものを意識的に作るんですね。
で、その状態が「ああ、自分は何かを見たんだな」とか「自分は驚いたんだな」と
認識する(導いてくれる)ようにしていくんです。


一般的な考え方とは逆だと思いますけど、これも本当にはそうなんですよ。

驚いてから、驚いたような反応をするわけではないですよね。
驚いたような反応をしてしまったから、自分は驚いたんだなと思うんです。
それは、驚こうと思っても驚けないということでもあります。
(ここの辺りの誤解、つまり、驚けると思っていることが、
演技を勘違いしてしまう理由にもなっていると思います。)

見るというのも、何かが目に映ったから「自分は何かを見た」と思えるのであって、
目に映る前から見ることは出来ませんでしょ?


と、こういうことの出来る身体を作っていくというのが、
私たちのマイムの訓練の重要な要素なんですね。

これは、決して形を身につけていくというものではないんです。
身体の状態といいますのは、形を無視していいというわけではありませんけど、
あくまで状態なんですね。

形に意識を向け過ぎますと、内面が置き去りになってしまいます。
(もちろん、形はひとつの助けになりますから、
形を過剰に避ける、怖がるのも得策ではありません。
ここも、大きな問題を生むところですね。)


このように、私たちのマイムは身体から入るといえど、
それは単なる形ではなく、身体の状態というものを通して内面と結びつけているわけでして、
内面重視になると答えが分らなくなると言いましたけれど、
身体の「ある層」が答えを握っていますから、
内面と身体がバラバラになるということが、避けられるんです。

ある層といいますのは、人間として、身体として普遍的、共通なもので、
例えば「がっかりする」という身体の状態を簡単に言いますと、
息を弱々しく吐いて身体の力も抜けるような感じということです。
このエネルギーが「うなだれるような形」を作るわけですけれど、
決して「うなだれるような形」が先ではないということですね。

ジェスチャーはこのように、エネルギーを無視して、形だけを抜き出したものです。
ですから、ジェスチャーは情報を伝えるものなんです。
マイムとジェスチャーとの決定的な違いですね。)


さて、この身体の状態をいろいろに作るということ、
これは、誰もが自分の身体の奥に持っているものを使うわけですから、
必ず自分の中に手がかりがあるんですね。
それを探り当てるため、実際に対面しての稽古が必要になってくるんです。


大事なことは、内面と身体が結びついた表現というものは、
生まれ持った才能とか、神秘的なものでもなく、
道筋のある訓練が出来るということ。


もし、こういったものを神秘的なものに求めてしまいますと、
私たちのマイムのクラスが、まるで怪しい宗教団体のようになってしまいます(笑)


何度も言いますけれど、答えは自分の身体の中にあるわけで、
指導者を拝んだって仕方ありませんでしょ?
自分を発見するために稽古するのであって、
指導者の行なうレッスンを利用するかしないか?
なんだと思うんですよ。


さて、この方法(身体で内面を作っていく)ですと、
自分には一見無いような種類の感情なども、
「あぁ、○○の感情ってこういう感じなのかぁ」って、
感情の引き出しが増えていきますし、
自分の内面と身体の動きのズレが非常に小さくなっていき、
繊細な表現でも弱々しくならず、はっきりと力強く出来るようになってきます。
もちろん、ダイナミックなものは、よりダイナミックに。


次回、キャラクターと素の自分についてのお話ができればと思います。




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