発声について、このところいろいろな気づきがあり、
興奮冷めやまらぬ感じです。(笑)
能の謡という和の発声と、
ゴスペルという西洋?の発声、
両方に取り組んだことが
ここにきて、大きな意味を持ち始めました。
ところで、
ゴスペルは黒人教会音楽(歌)で、
声質はパワフルですけど、素直な声という印象です。
当然、外に発散するエネルギーに満ちています。
この外に発散する声という意味では、
オペラと通じるものがあります。
ただし、オペラの声は、飾り立てた感じですよね。
(デコラティブということで、悪い意味ではありません。)
いずれにしましても、ここでは、
ゴスペルの発声は和に対して、西洋とみなしていいと思い、
お話を続けさせていただきますね。
さて、謡の声は、
発散とは対照的ですよね。
西洋の発声は、聞いていると元気になる感じ。
真似しようとすると、目を開くでしょう。
一方、和である謡の発声は、
聞いていると静かにならざるを得ない感じ。
真似しようとすると、目を閉じてしまいそう。
で、西洋は口を大きく開けます。
和は、あまり開けません。
西洋は音がクリア。
和は雑音がある感じ。
西洋は飛翔。
和は押し上げていく。
西洋は外から攻め込む。
和は内から攻め込む。
あっ、くれぐれも
和といっているのは、能の謡ですからね。
西洋の発声は
石の建物での響き方から生まれ、
和の発声は
木の建物、屋外での響きのもとで
生まれているんですね。
さらに、
自然界の音に対する感受性が
西洋と和では異なるようです。
自然界の音を
西洋は右脳で聴く。
和は左脳で聴く。
西洋楽器の音を
西洋は右脳で聴き、
和も右脳で聴く。
つまり、
西洋人(大雑把な分け方ですけど)にとっては
西洋楽器の音も自然界の音も同じ。
けれど、
日本人には、異なる音。
日本人は人工的な音を右脳で聴くらしいのです。
ですから、
和の楽器は自然界の音と同様に左脳で聴くとのこと。
こういった違いが、
虫の音を愛でるかどうかになるようです。
謡に怖さみたいなものを感じるのは、
この「自然」に由来するのかもしれません。
和の発声は、自然音的なんですね。
ですから、謡には怖さと同時に、
安心感(癒し)も感じられるのでしょう。
西洋の発声は、
華やかで憧れの気持ちが生じますけれど、
それは、違和感(不自然感)でもあるのかもしれません。
と、西洋と和では、かなり違うものですから、
同じ高さの音程でありましても、
あくまで、現時点での私の感覚ですけれど、
ゴスペルを謡の発声では歌えないんです。
逆もまた然りです。
もちろん、どこかで共通していると思うので、
謡のためにゴスペルに手を出したわけで、
やはり、いい影響が多いのですよ。
ただ、最も大きな違いとして感じているのは、
「圧縮力」
です。
次回お話したいと思います。