オーガニックマイムJIDAI の「身体」「表現」考

オーガニックな身体の使い方、表現についてのいろいろ。時々、甘いもの。

ある呼吸に対する感覚にまつわるお話

呼吸が大事だというのは、どこでも言われますし、

私も大事にしているのですけど、

クラスで、呼吸法として特別なことはしないんですね。

 

と言いますのは、

私が土台としている「トーラス呼吸」が、

そもそも、呼吸法ではないということがあるんです。

 

このところ毎月開催しているトーラス呼吸のワークショップでも

 

これは呼吸法ではありません。

呼吸そのものです。

 

と謳っているくらいです。

 

 

で、トーラス呼吸にかかわらず、

呼吸を、呼吸法として取り上げるのではなく、

 

常にこの呼吸でいたい

少なくとも、身体表現をしている最中は

 

というものを、身につけて欲しいと思っているんです。

 

 

ということで、長年指導してきたわけですが、

先日、画期的な伝え方を思いつきまして、

それを、1週間にわたり、全クラスで伝えていきました。

 

(前回の「息は吐かずに、漏らす?!」の続きですね。)

 

そうしますと、

 

「自分が薄くなる」

 

「自分が広がって、みんな誰もが自分!という感じになる」

 

「生きてるか死んでるか分からない感じ」

 

「空間が立体的に広がる」

 

といった感想が。

 

 

これだけ、聞いていると、

なんだかとっても怪しい(笑)

 

 

ですから・・・と言いますか、中には

 

「自分がある、無いとか、そんな言葉は思いつかないけど、

とても落ち着いて何かに夢中になっている、という感じ」

 

という人も。

 

 

ただ、いずれにしましても、

同じような状態にはなっているんですよね。

 

それを、どう感じて、どんな言葉で表現するかは

人それぞれということ。

 

 

特に、印象的だったのは、

 

「宗教画の描写のような奥行きを感じるとともに、

太古の言葉以前の世界の認識、のようなこと味わったように思う」

 

というもの。

 

 

で、面白いなと思うのは、

自分がしっかり味わった後では、

他の人の、ある意味訳のわからない感想が、

 

ああ、そういう感覚、分かるわ。

 

と思えること。

 

 

逆に言えば、

味わっていない段階で、

これらの感想を、分かった気になるのは危険

ということですね。

 

 

分かろうとしても仕方ない、

とも言えます。

 

 

 

この呼吸を取り上げていた1週間の間に、

たまたま体験受講された方は

 

「呼吸に集中するという意味ではなく、

自我が薄くなる、体験したことのない不思議な感覚」

 

と。

 

 

 

 

個の無い普遍的な存在として立つのがアートマイムだということが、

単なる理念ではなく、実際にそうなってしまえるのだと、

実証された感じの1週間でもありました。

 

これ無くして、アートマイムは無い。

 

 

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