きょうは、古武術と演技(表現力)の密接なつながりについてのお話です。
どちらも共通していますのは、「○○をしようと思う」のでは上手くいかないということ。
上手くいくには「○○である」が、鍵であること。
といってですね、そういった抽象的な考え方だけで、密接なつながりがあるというのではないんです。
先日のクラスで、古武術系ワークショップで行なうようなことをしました。
お互い膝立ちの姿勢になって、一方が相手を手で押すというものです。
エネルギーが上手く通ると、手応えなく相手に力を伝えられて、
あっさりと押すことができるんですね。
あれ?押せちゃってる??
といった感じです。何だか他人事のような感じ。
腕力でもそれなりに押すことはできるのですけど、受け手が感じる力は、全く質が異なります。
もちろん、はたから見ていてもエネルギーで押しているのと、腕力で押しているのとでは、
違って見えます。
しかも結局のところ、腕力ではある程度の抵抗で押せなくなってしまうのですが、
上手なエネルギーでは、もっともっと押せるんです。
あれ?押せちゃってる??と、他人事のような感じで、もっと押せてしまうということですね。
こんなことを、ある程度やり込んだ後、この感覚と動きを使って、
ある心理状態の演技を即興でやってもらったんですね。
一見すると「押す」という行為とは、全く関係ない心理状態です。
「絶望」のような心理状態。
けれど、どうでしょう?
参加者みんな誰もが、とても素晴らしい表現力を発揮するではありませんか!!
もちろん、本人たちも
「自分の心理状態に嘘がない」
「心理状態だけでなく、動作にも迷いが生まれない」
「自分を信じられる」
「こんな感覚でいつも表現できるようになりたい!」
と。
面白いですよね。
何か絶望について思いを巡らせるでもなく、集中力を高めるために時間を掛けるわけでもなく、
あっさりと、これまでの自分の表現力をはるかに超えてしまう。
どうしてか?
それが、古武術と演技(表現力)の密接なつながりでして、
「○○をしようと思う」のではなく、「○○である」が、鍵であるということなんですけど、
少し詳しくお話していきますね。
「○○をしようと思う」というのは、腕力で押すことになります。
押そうと思うから、その押す腕に力をいれてしまう。
最初にもお話しましたように、それなりには押せます。
そして、ここが重要なポイントなのですが、
本人は押しているという手応えを感じます。
その手応えが、はた目には、頑張り感として映ります。
これは、演技でいえば、
「絶望しようと思う」ことで、腕力に相当するどこかに力を入れてしまい、
本人は絶望しているという手応えを感じているにもかかわらず、
はた(観客)には、それなりには絶望感も伝わるのですが、
絶望を表現しようとしている頑張り感の方が強く届いてしまう。
そういうことなんです。
一方、腕力ではなく、手応えなく押せている状態は、
つまり既に「押せている」状態といえるわけで、
これが「○○をしようと思う」のではなく、「○○である」ということになります。
これを演技にたとえますと、
既に「絶望している」状態であり、「あれ?絶望しちゃってる??」という、
どこか他人事のような感じながら、はた(観客)には、絶望感そのものが純粋に強く届く。
ちなみに、この「あれ?絶望しちゃってる??」という他人事のように感じられる力が、
「もう一人の自分」であり、感情面での「離見の見」といえるものです。
さて、既に「絶望している」状態は、「押せている」状態とイコールで、
これは本人(演者)の意志の状態というよりも、身体の状態でありますから、
「動作にも迷いが生まれない」というのは、当たり前と言えば当たり前なんですね。
そして、この身体の状態は、エネルギーの通り方の状態ですから、
どんなポジションをとっても、そのエネルギーの通り方の制限は受けます。
けれど、どんなポジションでも動きでも、ほぼ自由です。
(これが、私のよくいう「形をつくるわけではないけれど、形になる」につながります。)
(エネルギーの通り方を典型的な形で取り出したものが、ジェスチャーといえます。)
(ジェスチャーの場合、手応えなく押しているフリをしながら、それはフリだけで、
実際には全く押せないといったことになります。)
表現力という抽象的なものは、稽古を積むといえど、どうしても
気持ちをどうするか?とか、イメージを強く持つといった、検証のしづらいものになりがちです。
それらが全く良くないというのではありませんけれど、きょうのお話のように、
エネルギーをどう生み出して、どこを流すか?
を実験によって測ることができますと、
自分のエネルギーの精度(質)・量を自覚できるので、
稽古の質が上がるのではないかと思います。
でも、気をつけて下さいね。
古武術のようなものの達人になれば、表現力が上がるのではありませんよ。
そのつながりに気づき、活かせるかどうかです。
(「エモーショナル・ボディワーク」は、そういったつながりを活かしたワークになります。)
きょうは、演技・表現として、「○○をしようと思う」のではなく、「○○である」ことが、
観客に何が伝わるかにおいて、極めて重要であることと、
そのことをしっかり体感するために、表現力とは全く無関係そうな古武術的なワークが、
実はとても有効というお話でした。
8月14日 『動作塾』
9月15日 『刀の扱いから、身体の使い方とエネルギーの伝わり方を学ぶ』
10月6日 『刀の扱いから、身体の使い方とエネルギーの伝わり方を学ぶ』
Body,Mind&Spirit
本当の自分の身体は天才だ!