上手く表現しようとすればするほど、嘘っぽくなってしまう気がしませんか?
そして、その嘘さ加減に、自分自身嫌気が差してしまうなんてことも・・
例えば「泣く」なんて、どうでしょう?
あなたでしたら、どうやって泣こうとしますか?
何か過去の悲しいことを思い出して、でしょうか?
それとも、悲しくなくても、涙を流す技術を使って、でしょうか?
(舞台で演じる場合ですと、ほんとに涙を流すかどうかは、
あまり問題では無いとも思いますけど・・・)
それに、同じ「泣く」といいましても、
悲しみをこらえるようなものから、号泣までいろいろですしねぇ・・・
昔の私でしたら、とてもではないですけど、
人前でリアリティーのある「泣く」を演じるなんて、恥ずかしくて出来ませんでした。。。
さて、この「泣く」に限らずですけど、感情が表に出てくるというのは、
日常では、出そうとしているわけではなく、出てきてしまうものだと思うんですけど、
どうでしょうか?
身体の中に収まりきらないものが、溢れてきたのではないかと。
ですから、演技だからといって、中がいっぱいになっていないにもかかわらず、
まるで溢れているかのようにしようとしましても、
やはりそれは、演者自身も、観客にも違和感が生じてしまうと思うんです。
私は出来るだけ違和感を持ったままで、表現したくないので、
何とかこの問題をクリアーしたいなぁと、
その結果が『エモーショナル・ボディーワーク』なんですね。
そこで、
「表現しようとする」のではなく
「感情を体験する」
身体の中がいっぱいになることを、頭ではなく、身体が感じ、
溢れないようにしようとしているのに、つまり、表現を抑えようとしているのに、
身体の奥から押し上げてきてしまう。
悲しさを感じることで、泣こうとするのではなく、
分からないけれど、泣けてきてしまう。
と、こんな風にもっていけると、いいんではないかと思うんです。
どう思われますでしょうか?
パントマイムの世界では、こういった演技の訓練は珍しいようですけど、私は大事にしたいと思っています。