さあ、続きです。
同じ真っすぐに立つということが、気の集まる位置によって印象が全く変わってきてしまうようですけれど、西洋的なほうが、いかにもきれいに立っていますという感じになると思うんです。
和のほうは、どっしりとしていて武道家にも通じる、バレエ的なきれいというのとは違いますよね。
おそらく一般的に、きれいな立ち姿をと教えられるのは、西洋的なバレエ風の立ち方でしょう。
まずもって、特殊な例を除きましては、日本舞踊などの和の立ち方を手本とすることはないと思うんです。
それは世間一般的に、「きれいな立ち姿=バレエ」という図式が成り立っているからですね。
けれど、和の立ち方が決してきれいでない、ということではありませんでしょ。
和の立ち方は本当に美しいですよね。
これはどちらがどうという優劣ではなく、好みと実践の難易度かな?と思うんです。
バレエ風はいかにもきれいという感じがしますから、立ち方の完成度が低くても、きれいっぽく見える気がします。きれいに立とうとしているんだなという気持ちも見えてきますしね。
ところが、和の立ち方はといいますと、かなり完成度が上がってきませんと、普通な感じになってしまうんです。
つまり、いかにもきれいというところが無いものですから、ほんとにきれいでありませんと、きれいさが感じられないんですね。
これは、西洋的に気が胸に集まった姿ですと、自己主張や外へのエネルギーを感じさせる一方、和のように気が肚に集まった姿といますのは、内向きなぐっと抑え込んだ静けさを感じさせることによるのだと思うんです。
和は主張しない。
私は個人的に、主張しないさりげな~いほうが好み。
それと、バレエ的な軽やかさ(跳んでいくような軽さ)ではなく、武術的な軽やかさ(重さのある軽み)を目指していまして、なものですから、お手本は日本舞踊のお師匠さんの立ち姿。
まぁ、私の好みはともかくとしまして、バレエはきれいな形を見せることが重要なポイントのひとつですから、きれいさをアピールしたい場合には西洋的な立ち方のほうがいいと思うんです。
一方、日本舞踊など和のものは、きれいな形を見せることは重要ではなく、空気といいましょうか匂いみたいなものをつくることが重要なポイントだと思うんですね。
それは、たとえば武道家のきれいな立ち姿といいますのは、決してきれいな形を作ろうとしているのではなく、効率よく動き、力を発揮するために、結果として真っすぐなきれいな立ち方になるということと、通じていると思うんです。
ですから、ちょっと学びづらい・・・
日本の伝統的なものって、ひたすらお師匠さんの真似をしていくというのがありますでしょ?
西洋のように、レッスン内容を言語化したり音符にしたりというのとは、全く違いますよね。
和のものは学びづらいんです・・・
そうそう、前回少しお話にのぼりました「腰を入れる」というもの。
これを膝を深く曲げる(腰を落とす)ということだと考える人が多いのですけど、これは全く違うことですから、注意しましょう。
そんなことをしますと、とっても動きづらくなるだけです。
「腰を入れた」姿勢といいますのは、日本人にとって安定と強さと動き安さ(軽やかさ)を兼ね備えた姿勢なんですよ。
形を真似しようとしますと、ちょっと違うところへ行きかねません。
(バレエも本当はそうだと思います。)
ちょっと話がそれてしまいましたね。
西洋的なバレエ的な立ち方と、日本舞踊や歌舞伎のような和の立ち方、真っすぐにということでは、どちらも基本的には同じですけれど、印象は違ってきます。
さて、どちらを選びましょう?
気を胸にして、主張しましょうか?
それとも気を肚にして、さりげなくしましょうか?