マイムでなくても何でもいいんですけど、
技術を身につけるためだけに習うのだとするのでしたら、
若干のコツでも聞いて、あとは自分で練習をすればいいと思うんです。
大切なことは、その技術をどんな身体で行うのか?
ということだと思うんです。
”どんな身体で行うのか?”
これはもう、立ち方、歩き方に端的に現れるわけですけれど、
それだけに掴みどころがない、何をしたらよいのか漠然とした感じになってしまいますよね。
しかも、”どんな身体で行うのか?”ということを、”立ち方、歩き方”という言葉にしてしまいますと、何だか”きれいな立ち方、歩き方”と勘違いされてしまいかねませんけれど、そうではないんです。
まずは”きれい”ということを考えてもいいんですけど、大事なことは”美しさ”。
”どんな身体で行うのか?”に”きれいさ”は役に立ちません。
”立ち方、歩き方に端的に現れる身体”といいますのは、
身体に精神が宿っているかどうか?だと考えます。
もちろん、気持ちのこもった動きをする、といったようなことではありません。
精神なんて言うから、いけないんですね。
これも勘違いされやすい言葉ですよね。
気持ちだけで何とかなりそうな気がしてしまいますものね。
表面的には同じ技術でありましても、
どれだけ身体の隅々まで細部にわたって感じ取っているか?だと思います。
そして、必要なところに必要な分だけ力を入れ、必要な分だけ動く。
まぁ、、、これが簡単にできるわけがないんですけど・・・
それでも、それを追求していく気持ちがありますと、
単にある技術を学んだという以上のことが身につきますし、
それ以外の技術習得の際にも、ゼロからのスタートではなく2や3からのスタートになるんです。
ところが、このことに目を向けることは意外に難しいようなんです。
特にパントマイムの場合ですと、顕著ですね。
パントマイムのよく知られた代表的なテクニックは、正直すぐに出来るようになります。
先日のワークショップでパントマイム初体験の方がいらっしゃいましたけど、
あっという間に「お~っ!」と言うくらいのことをやってしまいました。
もちろん、ある程度トリッキーに見せるためには、いくらかの訓練は必要ですけど、
それも週に2~3回1年も習いに行っていますと、かなりそれっぽく出来てしまうと思います。
ですから、”どんな身体で行うのか?”といったその後の訓練要素が指導者から提供されませんと、2年くらいでもう学ぶことがなくなってしまうんですね。
あとは、ただ作品をつくって実践あるのみとなってしまいます。
バレエダンサーはどんなベテランでも、毎日初心者と同じようなバーレッスンを必ずするそうですけど、そうやって技術以前(以降?)の身体をつくっているんですね。
ぱっとしない練習ですし、目に見えて何かが上達するようなものではありません。
しかも、もし観客の目がそれを見ていないようですと、
マイマーにしてもダンサーにしても、それをやろうとは思いづらくなってしまうかもしれません。
それでも、誰のためでもなく自分のために、身体をつくっていくことをおすすめします。
そして、つくっていく時に大事なことは、先ほどお話しました
「どれだけ身体の隅々まで細部にわたって感じ取っているか?そして、必要なところに必要な分だけ力を入れ、必要な分だけ動く。」ではあるんですけど、
人体構造に逆らわず動いていますと、自ずとある一定の形になってきます。
その形になることを目指すわけではないのですが、
その形にならないのであれば、
いくら自分で感じながら動いて、力加減も申し分無いと思っていましても、
どこか違っていると思ったほうがいいんです。
外に現れる形と自分の感覚・・・
この両者をどう信じて、どう疑い、どう扱っていくか?
これはある意味、本人にしか味わえない、壮大な人体実験だと思うんです。
楽しんでいきませんか?
マイムから心と身体の平和を http://www.geocities.jp/mime_jidai/
オーガニックな(生きた)カラダに http://jidai.mond.jp/