前回、腹圧についてお話しました。
その際、ドローインを意識的に行なわなほうがいいとも。
ということは、
このシリーズ『和の身体と西洋の身体』の最初にお話しましたね。
それは肉体的なことだけでなく、精神的なものでも言われますよね?
「肝が据わっている」なんて、
で、この丹田ですけれど、
『月刊秘伝』での丹田特集の記事でも書きましたけれど、
一度出来たらいいというものではなく、都度々々生じるものなんです。
有るとか無いとかというものではなく、
生み出す必要があるということ。
(生じる機会が多いと、常に有るような感じにはなります。)
丹田と腹圧の関係ですが、
(下腹の)腹圧が弱くて丹田がしっかりしているなんて、考えられませんでしょ?
腹圧と丹田は、密接なつながりがあります。
ごく初心者でしたら、同一視してもいいかもしれません。
けれど、丹田は解剖学的には存在しないといわれています。
一方、腹圧は筋力(呼吸する力も含めて)といえます。
どう考えたらいいでしょう?
「踏む力」の重要性と
「そのための腹圧をドローインで行なわなほうがいい」
ということなんです。
踏む力は脚の筋力ではなく、腹圧で作る必要があるわけですが、
それは見方を変えますと、
脚はできるだけ脱力しておきたいというこになるんですね。
この脚の脱力は、単に筋肉を力ませないということだけではなく、
(主に)股関節のゆとりが大事でして、
股関節にゆとりをもたせようとしますと、
自然とお腹が凹むんです。
この状態を崩さぬように踏みますと、
下腹に腹圧が生じます。
(これが出来るようになるまで、それなりの訓練が必要です。)
このときの腹圧は、結果として生じたものですね。
脱力しつつ、力を出す。その結果です。
これは丹田が生じたということだと、私は考えます。
ですから、力みながらの腹圧では丹田とはならないわけで、
一方、丹田の大きさ強さとは、(腹圧での)踏む力が強い、
すなわち、地球の重力を活かす力が強いということだと思うのです。
丹田がしっかりしているのに、地に足がついていないなんて、ありませんでしょ?(笑)
で、この丹田形成にあたって、「自然とお腹が凹み腹圧が生じる」と言いましたように、
意識的にドローインはしていないんですね。
あくまで “自然に” お腹が凹む。
ここは、極めて重要です。
なぜ凹むか?
それは、股関節にゆとりをもたせるから。
お腹を凹ませたからといって、股関節にゆとりができるわけではありません。
さて、腹圧ですが、これは単にお腹まわりの筋力ということではなく、
呼吸と強く関係していまして、
胸郭の引き上げが大きいと、ちょっと大変になるんですね。
和の身体は踏むと下方向にエネルギーが生じるために、
下腹が充実し、丹田に意識が向きやすいのですが、
西洋の身体では踏むと上方向にエネルギーが生じ、
胸郭が引き上げられるために、下腹の充実感を感じづらい。
これが、現時点での私の見解です。
ドローインにまつわるお話、一旦、今回で終わりにしようと思います。
ありがとうございました。